判断の系譜

山崎茂樹のキャリアは、肩書きや専門領域を並べるだけでは輪郭が見えない。技術を実装する側から、事業を動かす側へ。そして、経営者と判断をつくる側へ。立つ場所は変わり続けた。

だが「何を判断してきたか」で語ると、 一本の線になる。

実装に責任を持つことから、事業の進め方を設計することへ。そして、経営者が決められる構造をつくることへ。担う判断は、自分の仕事から、チームへ、組織へ、経営へと広がっていった。

これは偶然のキャリアパスではない。AIが実行の多くを担う時代、人間に残るのは「何を、なぜ、どこまでやるか」を決める仕事だ。その問いにつながる実践が、技術と経営の両側にまたがる20年の中にある。

  1. STAGE 1 / 5

    実行者として「動くものを作る責任」を負う

    エービック(現NTTデータ・エービック)(2002-2004)

    状況

    金融機関の基幹システムPM。決めたことを、期限内に、障害なく動かす。要件は上から降りてくる。「何を作るか」を決める裁量は、ほとんどない。

    下した判断

    「正しく動くこと」と「決めた通りに動くこと」を同一視しない。優先すべきは後者。金融基幹システムでは、判断の巧拙より、決めたことを裏切らない実行の確実性そのものが価値になる。その規律を叩き込まれた。

    いま活きている教訓

    ここで得たのは「実行の型」ではない。仕様通りに動かす筋肉と、仕様そのものを疑う筋肉は別物であり、前者を先に鍛えないと後者は空回りする——その感覚だ。AIが仕様通りに動いた。では、その仕様は正しかったか。この二つの間のギャップを見抜く目は、実装を骨身に叩き込んだ人間にしか持てない。後年の意思決定ガバナンス設計は、ここから始まっている。

  2. STAGE 2 / 5

    設計者として「仕組みが自走する条件」を作る

    ヤフー(現LINEヤフー)(2004-2012)

    状況

    この会社での始まりは、ポイント、決済、証券、保険、FXといった会員・金融系サービスの開発だった。会員の信頼、金融のリスク、事業、UX、データ——性質の異なるものが交差する領域には、越えてはならない一線が何本も走っている。

    蓄積されていく会員データを前に、当時の井上社長から出た指示は「お客様を知るエンジンを作ってほしい」だった。そこから生まれたのが、特許(第5095794号)を取得したレコメンデーションエンジンと、数百台規模のHadoop基盤である。この着手が、データソリューション責任者として全社データ戦略を推進する立場につながった。問いは一段上がった。「動くものを作る」から、「継続的に価値を生み続ける仕組みをどう設計するか」へ。

    下した判断

    個別の分析タスクを都度こなさない。大量データを恒常的に処理し続ける基盤そのものに投資する。この判断を主導した。問われたのは技術選定ではない。「誰がこの基盤に何を任せ続けるか」という、仕組み設計の意思決定だった。

    いま活きている教訓

    仕組みの価値は、作った瞬間には決まらない。運用され続ける中で、何を機械に任せ、何を人間の判断に残すか。その線引きで決まる。特許という個別の実績より重要なのは、「スケールさせる仕組み」と「スケールさせてはいけない判断」を最初から切り分けて設計する習慣が、ここで形成されたこと。AIにどこまで任せ、どこを人間の意思決定として残すか。今日の仕事と、構造的に同じ問いである。

  3. STAGE 3 / 5

    意思決定者として「複数の利害を背負って選ぶ」

    電通(2012-2017)

    状況

    データ・テクノロジーセンターのテクニカルディレクター。クライアントの利害、社内の技術的制約、実行チームの現実。異なる立場の要求が衝突する場に、立ち続けた。Tableau Viz Contest準グランプリも、単なる技術デモではなく、「経営層に意思決定させるための可視化」として評価された。

    もう一つの持ち場が、出資とアライアンスだった。Treasure DataやIntimate Mergerをはじめとする、国内外のデータ・テクノロジー企業との出資・アライアンス——契約の起案、投資委員会への説明、財務・法務との調整。事業とデータと技術を横断して自社に足りない構造を見極め、外部と組んで補う仕事である。ただし、最終的に決めるのは経営であり、決められる状態まで実務と関係を積み上げることが、ここでの役目だった。

    下した判断

    「技術的に正しい提案」と「経営が実際に決断できる提案」は別物。寄せるべきは後者。この判断を繰り返した。可視化の巧拙は手段にすぎない。目的は常に、誰かに決めさせることだった。

    いま活きている教訓

    答えを出すことと、決めるべき人が決められる形に問いを変換すること。この二つは、別の職能だ。この職能は、後年——独立後、膠着した技術オプションの比較を「経営が答えるべき唯一の問い」に組み替える判断に、そのまま直結する。分析も、選択肢の列挙も、AIが代替できる。「誰にどう決めさせるか」の設計は、人間の仕事として残る。

  4. STAGE 4 / 5

    意思決定の設計者として「組織の判断構造そのもの」に手を入れる

    ストライプインターナショナル(2017-2020)

    状況

    始まりは、2017年7月、社長直下に新設されたデータ活用推進室である。所帯は一人。肩書きが先にあったのではない。社内の状況を聞いて回り、データを整備し、マーケティングの課題を洗い出す——現状把握が最初の仕事だった。5ヶ月後、社外からデータとデジタルマーケティングのスペシャリスト2名が参画する。

    以後、この組織は社長直下という位置を一度も動いていない。動いたのは、名前と、預かる領域である。2018年2月、マーケティング本部へ。PR本部から宣伝部を引き取り、デジタルマーケティング部とデータプラットフォーム部を新設した。狙いはフロント強化——分散していた顧客接点を、統合マーケティングに束ねること。2019年2月、デジタルトランスフォーメーション本部へ。宣伝部をPR本部に返し、代わりにITシステム部を編入した。狙いはボトム強化——基幹システムとの連携と、社内のデジタル啓蒙。表を固め、次に土台へ。

    複数の役職を掛け持ちしたのではない。一人で始まった一つの組織が、成果に応じて名前と領域を変えながら拡大していった。変わらなかったのは、社長直下という位置と、デジタル人材を採り続けたこと。個別プロジェクトの成否ではなく、組織がどう判断する構造になっているか。そこに責任を持つ立場になった。

    このステージには、もう一つの越境があった。金融、インターネットサービス、総合広告代理店——それまで扱ってきたのは、すべて形のないものだった。ここで初めて、重さのあるものを扱う。服。店舗。物流。無形の世界で鍛えた判断の規律を、取り消しの利かないフィジカルの世界に持ち込むことになった。

    下した判断

    個別施策の是非より、「その施策がどの構造の中で判断され、実行されるか」——組織の設計そのものに力点を置いた。象徴は、2019年2月の取捨である。前年に引き取ったばかりの宣伝部を、PR本部に返した。代わりに編入したのは、ITシステム部。成果の見えやすいフロントをいったん固め、それを手放してでも、基幹システム連携と社内のデジタル啓蒙という見えにくいボトムを優先する。何を預かり、何を返すか——組織図の線を、その都度、自らの手で引き直した。組織を大きく保つことは目的ではない。判断の通る構造を作るための、手段にすぎない。

    いま活きている教訓

    「決める」の重さを、自分の経営責任として知っている。だから、クライアントの経営層に「今すぐ決めるべきか、先送りしてよいか」を、評論家ではなく当事者の感覚で切り分けられる。この会社との関係の終わり方が、次のステージの始まり方になった。執行役員の退任は、関係の終了ではなかった。退任時に、外部から関係を続けることが協議され、実現した。社員としての関係を終えても、外部から関わり続ける道を選んだ。役員を辞めたから、独立したのではない。役員として価値を出した関係を、外部という形でも続けることを選んだ。その経験が、2020年の山崎事務所設立——雇われる役員でも、丸投げの外注でもない働き方——の原型になった。「経営の隣に座る」は、後から作ったコンセプトではない。最初のかたちが、先にあった。

  5. STAGE 5 / 5

    意思決定の設計を専業にする

    山崎事務所設立・独立後(2020-)

    状況

    外部エグゼクティブアドバイザーとして、上場企業・HD企業のCxO直下で複数社を並行支援。個別の技術判断・事業判断を超えて、「意思決定の構造そのもの」を設計する仕事に移った。原点には、役員として自ら決めた経験と、退任後も関係を続けることを自ら選んだ経験——その両方がある。

    変わったのは、立ち位置である。Stage 4までは、自分が決める側だった。いまは違う。決めるのは経営者であり、その経営者が決められる構造をつくる。判断の当事者から、判断の設計者へ——この階段の、最後の一段だ。

    領域も、一つに留まらなくなった。取り消せない意思決定の前で、「止めるための条件」を「責任者が腹を括るための合意ライン」に引き直す——承認の設計。堂々巡りする技術論を、「経営が答えるべき唯一の問い」に切り出す——顧客戦略の問い直し。「忙しいから増員」という直感を退け、数字を分解して構造の問題と再診断する——組織の体制診断。対象は違う。やっていることは、一つである。誰が・どの基準で・いつ責任を引き受けるか。その線を引くことだ。

    だから、個別の案件に答えを出すことは、仕事の中心ではない。組織が自ら決められる状態を設計すること。それがこの階段の到達点である。個別の判断の記録は、匿名化のうえEvidenceに集約した。